渡辺二郎は大阪初のボクシング世界チャンピオン

渡辺二郎

数あるスポーツの中でも、過酷な競技としてボクシングが挙げられます。顔面、ボディを殴り合い、出血を伴うハードな戦いを行うケースもあります。

また、体重制限があり階級ごとに、細かく分けられているため減量を必要とします。そんなボクシングは、軽量級、中量級、重量級ごとに強い国があります。

日本を含めたアジア、メキシコ地域は、軽量級が盛んでチャンピオンを多く輩出しています。そして、中量級はアメリカ、ロシア、重量級は、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカ人が活躍しています。

日本は、世界チャンピオンを30人以上現れていてボクシングが盛んな国でもあります。 しかし、昭和40年代までは、東京のジムに所属している人の多くが世界チャンピオンになっていましたが、1982年大阪初として渡辺二郎さんが誕生しました。

大阪は、スポーツで設備、技術が東京に少し遅れていましたが、渡辺二郎さんが大阪を盛り上げました。 世界を獲得後、WBA、WBC統一戦、海外防衛など活躍はすごいと言えます。

当時、連続防衛は具志堅用高さんの13回でしたが、それに次ぐ10回以上の防衛回数を誇ります。

しかし、大学中は、拳法部に所属するなど現在から見ると、比較的遅く始めた選手の一人と言えます。